本ドキュメントは、PNT Moni が GEONET(GNSS 連続観測網)の観測品質をモニタリングする際に使用する手法 v1.0.0 を定義します。 本バージョンは Product 2(GEONET Quality Monitoring)のみを対象とします。CLAS 性能評価(Product 1)は別バージョン体系で公開されています(clas/v1.0.0)。
本バージョンの規範スコープは 観測品質 QC(可視率・SNR・マルチパス・サイクルスリップとその集計・空間表現)に限定されます。 QC のフレームワークは Shiono & Kubo(2025, ION GNSS+ / 2026, NAVIGATION)で確立された絶対評価手法に従い、Galileo E5b 系指標を参考情報として拡張しています。 各観測局の合否判定(絶対局クオリフィケーション)は本バージョンのスコープ外であり、実装・運用開始時に v1.1.0(マイナー更新)として追加予定です(§ 6)。
本ドキュメントは公開後不変です。
改訂は新しいバージョン(v1.0.1, v1.1.0, v2.0.0 等)として公開し、過去バージョンも引き続き同じ URL(https://pntmoni.com/methodology/qc/v<X.Y.Z>)で参照可能とします。
バージョン番号は意味的バージョニング(SemVer)に従い、メジャー番号は方法論的に過去と比較不可能な変更、マイナーは非破壊的拡張、パッチはバグ修正・誤記訂正に対応します。
1. 評価対象とスコープ
PNT Moni Product 2 v1.0.0 は、国土地理院 GEONET 電子基準点(約 1,300 局)の観測データ品質を評価対象とします。 評価入力は GEONET の RINEX 観測ファイル(30 秒サンプリング、24 時間日次ファイル)と放送暦ファイルであり、対象月に連続観測中の全局を含めます。
本評価は 観測レベル の品質評価です。すなわち受信機が記録した観測データそのものの品質(欠測、信号強度、マルチパス環境、サイクルスリップ)を測るものであり、測位解や補強情報の品質評価(Product 1 の領域)は含みません。
公開される集計は全国・地域の集約統計および空間分布(ヘックスグリッド)であり、個々の観測局を特定できる形式の情報(局 ID 付きの per-station 値)は集約層には含めません(§ 5.3)。
2. データ取得
- GEONET RINEX 3.02 の観測ファイルおよび放送暦ファイル。GSI のアーカイブから Public Data License 1.0 のもとで取得します(出典:国土地理院 電子基準点データ提供サービス)。
- 30 秒サンプリング、24 時間の日次ファイル。対象月に稼働していた連続観測中の GEONET 電子基準点全局(約 1,300 局)。
- 取得した各ファイルはソース URL・SHA-256・取得時刻を追記型ログ(
acquisition.jsonl)に記録し、評価結果から原典まで遡れるようにします(§ 7.3)。
2.1 QZSS Health Bit のマスキング
QZSS の LNAV 放送は、IS-QZSS-PNT-006 §4.1.2.3(4) で定義された 2024 年以降のヘルスフラグ符号化を使用します。L1C/A を放送する全衛星で L1C/B ヘルスビット(LSB)が立つため、前処理なしでは teqc がこのビットを文字通りに解釈し、健全な L1C/A 放送衛星を QC から除外してしまいます。
本パイプラインは QNAV を teqc に渡す前にこのビットをマスクし、L1C/A 放送中の QZS 衛星を正しく QC します。 QZS-1R(現在 L1C/B を放送)など L1C/B のみを放送する衛星は、L1C/A ベースの QC から引き続き正しく除外されます(§ 8.5 も参照)。
3. QC パイプライン
RINEX 3 (GEONET)
↓ convbin (RTKLIB 2.4.2) v3 → v2.11 conversion
↓ teqc 2019Feb25 +qc -R +L2C_L2 +L5
→ .{yy}S summary per station/day
↓ pntmoni-pipeline qc summarize parse + wide Parquet
→ data/processed/qc_summary/... 1 row × 639 cols per station-day
- RINEX 3 → 2.11 変換: teqc は RINEX 3 を直接読めないため、RTKLIB 2.4.2 の
convbinで v2.11 に変換します(§ 8.3 の注意点を参照)。 - teqc: 2019Feb25 ビルド(最終リリース)を使用します。バイナリは SHA-256 を記録のうえローカルにキャッシュし、上流配布が停止しても継続使用可能な状態を維持します(§ 8.1)。
- サマリ解析: teqc の局・日別サマリ出力を解析し、1 局日 = 1 行 × 639 列のワイド Parquet に格納します。以降のすべての集計はこの Parquet から導出され、再処理を要しません。
4. 指標定義
QC のフレームワークは、Shiono & Kubo (2025) "Comprehensive Performance Evaluation of QZSS CLAS Over Four Years (2021–2024)"(ION GNSS+ 2025)で確立し、Shiono & Kubo (2026) "Navigating the Storm"(NAVIGATION, doi:10.33012/navi.762)で拡張した絶対評価手法に従います。 これらの論文では 4 つの主要指標 — 可視率・SNR・マルチパス・サイクルスリップ — を、仰角 15° 超で観測された衛星について 5° 仰角ビンで評価します。
4.1 コア指標(絶対評価ベースライン)
論文の Table 1 の局選定に用いられた 4 ファミリであり、計画中の絶対局クオリフィケーション(§ 6)の基礎です。
| 指標 | 記号 | 説明 |
|---|---|---|
| データアベイラビリティ | data_availability | epochs_w_obs / expected_epochs — 1 日の公称 2,880 個の 30 秒エポックのうち、局が少なくとも 1 つの観測を記録したエポックの割合。局が稼働・記録していたかを測ります。 |
| 可視率 | visibility | Complete obs >10° / Possible obs >10° — teqc の仰角 10° マスク超で本来得られるべき衛星エポックトラックのうち、実際に取得された割合。局が稼働していたときのトラック完全性を測ります。値が低い場合、毎エポック記録している局でもアンテナ遮蔽・RF 干渉・受信機の問題を示唆します。 |
| L1 C/A SNR | SN1 | L1 C/A の平均 SNR(dB-Hz)。 |
| L2 SNR | SN2 | L2(P コードまたは L2C)の平均 SNR(dB-Hz)。 |
| L5 SNR | SN5 | L5 の平均 SNR(dB-Hz)。 |
| マルチパス(L1、L2 パートナー) | MP12 | L2 をパートナーとする L1 マルチパス組合せの RMS(m)。 |
| マルチパス(L2、L1 パートナー) | MP21 | L1 をパートナーとする L2 マルチパス組合せの RMS(m)。 |
| マルチパス(L1、L5 パートナー) | MP15 | L5 をパートナーとする L1 マルチパス組合せの RMS(m)。 |
| マルチパス(L5、L1 パートナー) | MP51 | L1 をパートナーとする L5 マルチパス組合せの RMS(m)。 |
| サイクルスリップ(コア) | cycle_slips_core | teqc が報告する ION スリップと 4 つのコア MP 組合せスリップ(MP12 + MP21 + MP15 + MP51)の合計。論文準拠の定義。 |
データアベイラビリティと可視率は独立の指標です。毎エポック記録していても可視率が低い局(RF 干渉・アンテナ遮蔽)や、稼働時間は短いが可視率は高い局(単純なオフライン)が存在し得ます。
4.2 参考・補助モニタリング(Galileo E5b)
これらは 参考情報 として報告します。L1/E5b 周波数ペアは L1/L2/L5 ペアよりも局間ばらつきが大きく、Shiono & Kubo (2025) では評価指標として採用されなかったため、絶対評価ベースラインには 含みません。
| 指標 | 記号 | 説明 |
|---|---|---|
| Galileo E5b SNR | SN7 | E5b(1207.140 MHz)の平均 SNR(dB-Hz)。 |
| マルチパス(L1、E5b パートナー) | MP17 | E5b をパートナーとする L1 マルチパス組合せの RMS(m)。マルチパスの式における 2/(α-1) 係数が L1/E5b 周波数ペアで大きいため、数値も大きくなります。 |
| マルチパス(E5b、L1 パートナー) | MP71 | L1 をパートナーとする E5b マルチパス組合せの RMS(m)。 |
| サイクルスリップ(拡張) | cycle_slips_extended | cycle_slips_core に MP17 と MP71 のスリップを加えたもの。Galileo E5b を追尾する受信機の評価に有用ですが、クオリフィケーションには使用しません。 |
5. 集計と空間表現
5.1 仰角ビンと仰角マスク
マルチパス・SNR・スリップの値はすべて teqc の 5° 仰角ビン から、仰角マスク 15° を適用して算出します — 下限が 15° 以上のビンのみを含めます(19 ビン中 15 ビン)。 マルチパス・SNR の集計値は採用ビン間で観測数重み付け平均、スリップは合算です。 これは Shiono & Kubo (2025) の手法と、測位エンジン(CLASLIB、RTKLIB)が用いる仰角マスクの双方に一致するため、QC の数値はエンジンが実際に使用するビンに対応します。
5.2 集計次元
局日単位のワイド Parquet から、次の 2 系統の集計を導出します。
- 局・月次集計: 局ごとに対象月の日次値を集約(分布・空間表現の入力)
- 日・全国集計: 日ごとに全局平均(月内の時系列トレンドの入力)
5.3 空間分布(ヘックスグリッド)
空間分布は全国ヘックスグリッド集約で表現します。
- 投影: 正積図法(Albers Equal Area、中央経線 137°E・基準緯度 35°N・標準緯線 30°/43°)。正積であるためセルの色が全国で比較可能です。
- セルサイズ: 全国幅に対して対辺約 60 km。
- セル統計量: セル内の局・月次値の 中央値。
- 最少局数抑制: セルを描画するには 3 局以上 の局がセル内に必要で、それ未満のセルは空白のままとします。GEONET の局座標は公開情報であるため、1 局のみのセルは実質的にその局を特定可能であり、また 1–2 局の中央値は統計的にも安定しません。この抑制は必須の処理であり、閾値は経験的チューニングパラメータです(変更はバージョン更新として扱います。§ 7.1)。
6. 絶対局クオリフィケーション(v1.1.0 で追加予定)
各 GEONET 局を Shiono & Kubo (2025) で定義された 4 つのコア QC 基準(可視率・SNR・マルチパス・サイクルスリップ)に対して合否判定する 絶対局クオリフィケーション は、本バージョンの規範スコープ外です。 移動窓インフラ(日次粒度の 3 ヶ月ローリング窓、クオリフィケーション周期あたり局ごとに n ≈ 91 の日次値)の運用開始とともに、v1.1.0(マイナー更新)として本ドキュメントの後続バージョンで規範化します。
参考として、計画中の判定設計の骨子は次のとおりです(非規範)。
- 判定基準は 3 ヶ月ローリング窓における日次指標の 99.73 パーセンタイル(3σ)
- 日次 × 3 ヶ月ローリング窓は、公開済みの Shiono & Kubo (2025) の週次 × ローリング年手法からの意図的な運用上の逸脱(運用上の即時性、環境適応、統計的頑健性の向上 n ≈ 91 対 53)
- Galileo E5b ファミリ(
SN7、MP17、MP71)は原著に従い判定対象から除外 - 公開出力は全国の合格率などの集約カウントのみ(個々の局名は Pro tier)
7. バージョニング、監査証跡
7.1 意味的バージョニング
| 種別 | 形式 | 例 | トリガ |
|---|---|---|---|
| メジャー更新 | X.0.0 | 1.0.0 → 2.0.0 | QC ツール交代(teqc → mrtk qc)、サンプリングレート変更、既存指標定義の非互換変更 |
| マイナー更新 | 1.X.0 | 1.0.0 → 1.1.0 | 新規指標追加、絶対局クオリフィケーションの規範化(§ 6)、新セクション |
| パッチ更新 | 1.0.X | 1.0.0 → 1.0.1 | バグ修正、軽微な誤記、運用パラメータの調整(ヘックスグリッドの最少局数抑制閾値等) |
過去バージョンの本文は不変であり、新バージョン公開後も同じ URL(https://pntmoni.com/methodology/qc/v<X.Y.Z>)で参照可能です。
7.2 Methodology Version Tag
各月次 QC レポートには以下のメタ情報を必ず付与します。
| 項目 | 例 |
|---|---|
| Methodology version | 1.0.0 |
| QC tool | teqc 2019Feb25 |
| RINEX converter | RTKLIB 2.4.2 (convbin) |
| 対象局数 | 1,298 |
| 対象日数 | 30 |
Product 1 のタグと異なり、測位エンジン(Engine)欄はありません。Product 2 は測位処理を行わないためです。
7.3 監査証跡
評価結果の各数値は以下の追記型 JSONL ログから辿ることができます。
| ログ | 粒度 | 内容 |
|---|---|---|
acquisition.jsonl | アーティファクト単位 | ソース URL、SHA-256、取得時刻、リトライ履歴 |
qc_teqc.jsonl | (日, 局)単位 | teqc 実行記録 |
qc_summary.jsonl | (日, 局)単位 | QC サマリの Parquet 書き出し記録 |
任意の単一値(例: ある月のあるセルのマルチパス中央値)から、寄与した局日、teqc 実行、入力 RINEX ファイル、取得元 URL までを SHA-256 チェーンで辿ることが可能です。
8. Caveats と既知の制限
8.1 teqc の保守終了
teqc は 2019 年に開発元(Earthscope/UNAVCO)が保守終了を宣言した閉鎖ツールです。 PNT Moni はバイナリ(2019Feb25)をローカルにキャッシュし、上流配布が停止しても引き続き使用可能な状態を維持します。 出力フォーマットは固定であるため、新たな入力に対する挙動変化は原則発生しませんが、新規 GNSS 信号や RINEX フォーマット変更が QC 統計に影響する可能性は残ります。
8.2 mrtk qc への移行と履歴再評価
長期的には MRTKLIB 内で開発中の mrtk qc への移行(メジャー更新のトリガ)を計画しています(2027 年第 4 四半期を目標、同ツールの完成状況次第)。
移行時には過去期間を新ツールで一括再評価し、全期間が単一ツールで評価された状態を維持します。移行前後の相互検証結果は公開します。
8.3 RINEX 3 → 2.11 変換の影響
teqc は RINEX 3 を直接読めないため、convbin による v2.11 変換を経由します。
この変換過程で、L2 系指標(SN2、MP12、MP21)は受信機の追尾設定により P コードまたは L2C のいずれかを反映します(teqc の +L2C_L2 指定)。
これは全局に一様に適用される構造的特性であり、局間比較・経時比較の妥当性には影響しませんが、絶対値を他の処理系と比較する際には考慮が必要です。
8.4 QC 指標のスコープ
本手法の指標は観測レベルの品質のみを対象とします。 補強情報(CSSR)の品質や測位解の精度はスコープ外であり、Product 1(CLAS Performance Evaluation)が扱います。
8.5 QZSS Block III 展開に伴う L1C/A QC 対象の縮小
L1C/B のみを放送する QZS 衛星(QZS-1R、および L1C/A を廃止する Block III 以降)は L1C/A ベースの QC から除外されます。 QZSS の Block III 展開が進むにつれ L1C/B のみの衛星の比率が増加するため、QZSS 衛星に対する L1C/A QC のカバレッジは今後段階的に狭まります。§ 2.1 のマスキング処理自体は修正なしで正しく機能し続けます。
8.6 本ドキュメントの言語
v1.0.0 本文は日本語でのみ公開されます。 英訳は別バージョンとして公開予定です。 それまでの間、英語話者の読者は原文の意味を曖昧と感じる箇所について GitHub Issue または hello@pntmoni.com 宛にお問い合わせください。
References
本文中の引用先文献および公開資料を以下にまとめます。
学術論文・会議発表
- Shiono, H., & Kubo, N. (2025). Comprehensive Performance Evaluation of QZSS CLAS Over Four Years (2021–2024) Spanning the Solar Maximum. Proceedings of the 38th International Technical Meeting of the Satellite Division of the Institute of Navigation (ION GNSS+ 2025), Baltimore, Maryland, September 2025, pp. 2566–2580. https://doi.org/10.33012/2025.20341
- Shiono, H., & Kubo, N. (2026). Navigating the storm: A diagnostic analysis of QZSS CLAS performance and vulnerabilities through the solar cycle 25 maximum. NAVIGATION, 73. https://doi.org/10.33012/navi.762
- Takamatsu, N., Muramatsu, H., Abe, S., et al. (2023). New GEONET analysis strategy at GSI: daily coordinates of over 1300 GNSS CORS in Japan throughout the last quarter century. Earth, Planets and Space, 75, Article 49. https://doi.org/10.1186/s40623-023-01787-7
- Estey, L. H., & Meertens, C. M. (1999). TEQC: The Multi-Purpose Toolkit for GPS/GLONASS Data. GPS Solutions, 3(1), 42–49.
公開技術文書
- Cabinet Office, Government of Japan. Quasi-Zenith Satellite System Interface Specification — Satellite Positioning, Navigation and Timing Service (IS-QZSS-PNT-006). https://qzss.go.jp/en/technical/download/pdf/ps-is-qzss/is-qzss-pnt-006.pdf
- 国土地理院. 電子基準点データ提供サービス(Public Data License 1.0). https://www.gsi.go.jp/kibanjouhou/kibanjouhou60017.html
- Takasu, T. RTKLIB: An Open Source Program Package for GNSS Positioning. https://www.rtklib.com/